影絵手帖

月岡グリムの影絵ブログ

インドネシアの影絵

世界の影絵

2022.04.10更新

インドネシアの影絵

ワヤン・クリ(影絵芝居・影絵人形)

インドネシアにおける影絵芝居、または影絵芝居で使う人形はワヤン・クリと呼ばれ、インドネシア諸島のジャワ島やバリ島で観ることができる。麻布のスクリーンの後ろにランプや電気で光を当てて、操り人形の影を映し出す。

ワヤン・クリにおける人形の人形遣いはダランと呼ばれ、影が生きているように巧みに人形を操作する。ワヤン・クリの物語の多くは、善悪対決を軸としており、ヒンズー教の叙事詩「ラーマーヤナ」、「マハーバーラタ」のエピソードが多い。

ワヤン・クリの「ワヤン」はジャワ語で”影”または”想像力”のことだが、近年では、ジャワ語とインドネシア語の共通の用語として「ワヤン」を”操り人形”または”影絵芝居”という意味でも使う。また、「クリ」は、”皮”や”皮膚”を意味する。

現在、ワヤン・クリはユネスコの無形文化遺産に登録されており、今でもジャワ島、バリ島、ロンボク島など、今でもインドネシア各地の儀式やイベント、観光名所などで観る事ができる。

ワヤンの歴史

ワヤンに関する起源は明確にはなっておらず、ジャワ先住民説、インド説、中国説などがあり、ジャワ先住民説やインド説が有力とされる。記録としては、10世紀頃には歴史に登場し、ヒンドゥー教の寺院の祭りなどで上演されるなど、ヒンドゥー教と密接な関係がある。

ヒンドゥー教はイスラム教やキリスト教よりも早く、インドからインドネシアに伝わった宗教だが、インドネシアにイスラム教が広がり始めると、神を人形として表現することや展示が禁じられた。ヒンドゥー教の指導者はこうしたイスラム教からの禁止を回避しようと考え、人形そのものを見せるのではなく、影だけを映すことに転じて現在の形に至ったとも言われる。

ワヤン(操り人形)

ワヤン・クリにおける人形は「ワヤン」と呼ばれる。ワヤンのサイズは、25㎝~75㎝程度で、多くは水牛やヤギの皮で作られている。最高級のワヤンは10年間保存した若いメスの水牛の皮である。

ワヤンは、裁縫、加熱処理、形成、研磨などを経て作成されたパーツを利用して作られるが、非常に手間がかかる作業であるため、大きな操り人形の作成には、数ヶ月を要することもある。

本体が仕上がった人形には、手を操るための2本の棒と全体を操るための1本の太い棒が付けられる。太い棒は下がとがっているが、これはスクリーンの前で突き刺して人形を出演したままにするためである。

ワヤンは基本的に人形本体も美しく彩色されているが、影に色をつけないため、上演中に人形の色を観ることはできない。これはスクリーンの裏側は死後の世界であるため、色のついた死後における美しい世界は、現世では観ることができないという意味を持つといわれる。

地域ごとの特徴

インドネシア全域で見られるワヤン・クリだが、ジャワ島、バリ島、ロンボク島など、地域によってそれぞれ特徴がある。

イスラム教徒が多いジャワ島では、劇は一晩を通して行われるのが基本であり、ライトは大抵電気を使う。人形は細長く、演奏では基本的にガムランを使い、歌を歌う女性歌手がいる。

ヒンドゥー教が多いバリ島では、上演時間は2、3時間程度で、夜に行われる場合はココナッツオイルのランプが使用される。人形は写実的であり、音楽は基本的に4つのガムランジェンダーワヤンを使う。女性歌手はおらず、人形遣いが歌を歌うが、人形遣いは聖職者であることが多い。

ロンボク島はイスラム教が優勢ではあるが、バリ島の影響を色濃く受けている島であるが、人形はジャワ島のものに非常に似ている。音楽は小規模の管弦楽団形式でフルート、鉄琴、ドラムが使われるが、女性歌手はおらず、演目は島特有のイスラムの教えを元にしたものが多い。

ワヤン・クリの上演

ワヤン・クリの上演では、人形遣いがスクリーンの裏で影絵人形を操り、明かりを使って影をスクリーンの面に映し出す。スクリーンの下にはバナナの幹を置き、人形遣いは操り人形の入っていた箱の右に座り、箱をドラム代わりに木槌でたたく。

音楽を演奏する楽団は、人形遣いの後ろに座るが、特にジャワ島のワヤン・クリではガムラン管弦楽団が不可欠である。

バナナの幹とスクリーンは、地球と空の象徴で全体の構成は、宇宙全体を象徴している。ランプは太陽尾よび人形遣いの目の象徴とされ、人形遣いが操り人形を操るとき、神の力が宿っていると解釈されている。

このように、インドネシアにおける影絵芝居「ワヤン・クリ」は宗教色の濃いものであるが、ワヤンのデザインは中国や他の近隣諸国の影絵とは一味違った洗練された様式美を持っており、その美しさに魅了されて本物のワヤンを見ようと、インドネシアを訪問する人々は後を絶たない。

参考文献

 UNESCO. “Wayang puppet theatre”. UNESCO, 2022-3-20  
Korsovitis, Constantine. “Ways of the Wayang”. India International Centre Quarterly,2001